大舟渡市へ行って参りました 報告その1

9月に大船渡市へ行ってきました。そのご報告です。
こちらは,古楽研究会の会報へ書いたものですが、転載させて頂きます。
少し,長いですが,お読み頂けましたら嬉しいです。

2014.11月号会報より

大舟渡市ボランティア演奏ご報告

東関東大震災からほぼ3年半が経過しました。当研究会では、ほぼ毎月寄付を目的としたチャリティ演奏会を行っていますが、機会があれば、自ら現地へ行ってその爪痕や今の生活の現状を肌で感じ、さらには演奏で何か出来たら嬉しい物だと考えておりました。そのような中、実現叶う計画の一端を打診された事から、実現に向けて準備を重ねました。きっかけとなったのはチャリティで演奏を聴いた友人のご親戚が大舟渡市にいる為に、市民レヴェルでのボランティアに参加しないかという話から始まりました。また,私の住んでいる相模原市は宇宙関連施設を持つ市が連携した「銀河連邦」という姉妹都市つながりがあり、相模原市議の方に相談した際、大舟渡市の市役所職員の方を紹介頂き、その2本立てでの計画となりました。

◎9月19日(金)
午後自宅を出発。今回の演奏メンバーは以前のチャリティー・ワンコイン・コンサートでも演奏に参加して下さった辺保陽一氏(リコーダー)山上洋路氏(ギター)とチェンバロの3人で大舟渡へと向かう。自分の車に楽器(チェンバロ)を積み、都内で山上氏、つくば市で辺保氏とそれぞれの楽器を載せて、常磐道での移動を開始。東北自動車道では、まだまだ道路補修が行われており、必ず渋滞する所がある為心配したが、問題なく、途中2度休憩しつつ岩手県一関インター前のホテルへ0時近くに到着。今後の予定を確認してそれぞれの部屋で睡眠を取る。
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◎9月20日(土)
快晴。ホテル前の稲穂がまぶしい。朝食をとり、集合場所に向かうが一人現れない。電話をしてみると爆睡していた様子。慌てて用意をすませ登場、荷物を再度積み込み大舟渡市へ向かう。途中道路工事が多くなってくる頃、突然,陸前高田の様子が見渡せる場所に出る。言葉を失った。海と山の間の大きな平地には何も無い。壊滅的な町の様子が3年半経過した現在、ようやく瓦礫が撤去されたのだろう、茶色の地面のみひろがっていた。そして、かつて三陸鉄道が通っていたと思われるところは、バスが運行。駅のあった場所の回りにはプレハブ作りのお店が点在。自然の驚異を肌で初めて感じたのがここだった。その先の大舟渡市へ車を進めて行くと、高台の少しの平地にプレハブの数戸ずつの仮設住宅があちらこちらに建てられている。お店は回りにもは無く、仮設住宅ごとの間は夜は真っ暗な道しか無い。生活の不便さが手に取るように分かる。

少しにぎやかになってくると大舟渡市の港が見渡せるようになる。事前に津波の様子を動画で見てきたのだが、その場所が目の前に広がる。今回、市役所の三浦さんが私たちの訪問の案内役を引き受けて下さった。その三浦さんと最初にお会いするのが,この場所に新しく建設された魚市場である。立派な魚市場と少しのプレハブ店鋪が並ぶそのエリアは、大きな津波にすっかり飲み込まれた場所で、今は穏やかな本当に穏やかな海の様子からは想像も出来ない。まず車を駐車場へ停める。そこで三浦さんと合流。楽器を載せているので、影がある場所に車を停めるため移動。その場所は、その数日後に東京タワーでのさんままつりのまとめ役となる漁業組合の建物の目の前。やはり、プレハブ作りの事務所だが,活気がある様子。

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三浦氏に案内されて魚市場内へ。この魚市場は建設中に津波によって壊滅的な被害を受けた旧魚市場の横に新設され、破壊された旧市場は完全に撤去されるとの事。真新しいこの魚市場は想像するような、コンクリート上で元気のよい卸業者による魚をやりとり、という形ではなく、「安全・安心な魚介類を全国へ送り出す為、閉鎖型の卸売場、衛生管理のレヴェルでのエリア分けを、最新の情報処理システム導入などで、卸売り業務の効率化を図る。また、市民や観光客の方々が楽しめる魚市場として大舟渡の水産業についての展示、湾を一望でいるデッキや美味しい食事が楽しめるレストラン、そして東関東大震災の記録の展示もされている。(パンフレットから転記)」という場所。レストランで水揚げされたばかりの魚介類たっぷりのお昼を頂きながら、三浦さんから,様々なお話を伺った。市役所自体は高台にある為被害は無かったそうだが、その後の市役所の方々のお仕事は大変な物であったと想像される。ご自身も大きな地震の中、不安もを持たれながらも懸命に被災された市民の方々を支える中心となって動かれる訳で、想像を絶する事だと感じる。美味しいお魚を食した後、この日のホテルへチェックイン。この場所も津波に2階までつかったものの、建物は残り、震災の1ヶ月後から3階のみ営業を再開。復興の為に訪れる方々の拠点となったそうだ。回りはもう1件のホテルをのぞいてほとんど更地。再建の為に、このホテルも時期を見て取り壊されるそうだ。

続いて、津波伝承館へ向かう。

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お土産で有名な「かもめの玉子」さいとう製菓の元副社長さんが、今回の津波災害の後に開設した。かつても同じような被害に見舞われたこの地域では、経験したお年寄りから話を聞いていた市民の多くは素早く高台に逃げ助かったという。そのような事実をきちんとした形で語り継ぐ為に、この館を開かれたとお話された。当日の津波の様子をご自身で編集された動画を流し、さらに、その後のサバイバルの様子、必要な物,必要な知識などを盛り込んだお話を伺った。このさいとう製菓は工場自体は高台にあるので無事だったが、お店と事務所は湾のすぐそばにある為に、すべて流されてしまったそうだ。2ヶ月ほどで工場の再開を計画したが、稼働直前に大きな余震で延期を余儀なくされたそうである。

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その後、三浦さんは私たちを恋し浜(小石浜)駅へ案内して下さる。その途中、少しの投網やブイがまとめられている所を通りながら、ようやく瓦礫は処分・焼却ができ、後少しだけこのような物が残っているが、近隣の市と連携をとりながら行ってきた結果,大舟渡市は3年半は普通長久思われるかもしれないが、他の地域より早めに終わらす事が出来ているとお話された。恋し浜は小石浜ほたてが有名で,今回は食べる機会に恵まれなかったが、一度食べてみたい物である。その浜を見渡せる場所に線路は走り、駅はあるので、津波被害には遭わなかったそうだが、そこまできたよ・・・と、そこにいたおじさんに教えて貰った。ぞっとする。

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釜石を出発して大船渡市の盛駅(その先は被害にあって何もない)間で走る三陸鉄道に乗る。盛駅につき、次の日の演奏場所を視察。地元の大型スーパー「サン・リア」での演奏が予定されているので担当の方にご挨拶もかね、場所の偵察。2階建てのスーパーの1階吹き抜け部分「ふれ合い広場」で、私も初体験、他のメンバーも初体験の、バロック音楽演奏と千葉の八街市のゆるキャラとのコラボが行われる。これは、友人の考えに参加したものだが、催し物を行う事によって地元スーパーに人が集まり、購買に少しでも貢献出来たら…という考えから計画したもの。はたしてバロック音楽がどのように受け止められるのか、心配でもあった。

宿に戻り、湾の近くの屋台村へ夕食を食べに繰り出す。この屋台村は津波によって流された飲食店が集まって作られた場所で、またまた美味しい魚たちに舌鼓。ここで、千葉からのメンバーとも合流し、次の日の流れを確認。その後宿に戻り、お客様に参加して頂く小道具(紙コップ2つを合わせた中に,ビーズをいれ、シャカシャカとふるもの)100個を作成。ようやく就寝。
蛇足だが、この地域は鹿が良く出る為に、駆除が推奨されており、しとめた鹿は肉以外は、土に埋めるのだそうだ。フォルテピアノのハンマーに使えるんじゃ無いのかなどと考えたが、如何な物だろうか?処理が大変なのかもしれない。つづく

 

TK の紹介

ソロ、通奏低音でのチェンバロ奏者として活動を展開しています。古楽研究会所属(代表、講師)、音楽三昧メンバー、日本チェンバロ協会正会員。チェンバロに関するご相談にのります。

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