イタリアオルガン事情no3

フィレンツェでの2件目の教会にあるオルガンを見るため、

ダンテの家を横切りながらベネディクト派の修道院「パディア・フィオレンティーナ教会」に向かう。

修道女が待っていてくれ中へ。

かなり高い所にあり、その時は会堂内の修復中でもあり、オルガン席まではいけなかった。

ここのオルガンはその前に見たS.ロレンツォ教会のオルガンのように調律調整はあまりされていない。

これは、全イタリアでの問題の一つともなっている、教会の財政難があるようだ。

調律調整されていないものの、音色はすばらしい。

また、礼拝堂の高い所に設置されていると、上から音が降ってきて、天からの調べのように聞こえ、有難い感が増す。キリスト教の大事な要素になっているのであろう。

この当時の楽譜には、挿絵として天使たちに囲まれて天上の楽器として描かれているのはオルガン、チェンバロは俗的な楽器として地上で人間に囲まれて描かれている。私が演奏している楽器はこの俗的な楽器チェンバロ。

次に訪れたのはS.マリア・マッダレーナ・デ・パッチ教会へ向かう。



美しい中庭を通り、礼拝堂に入る。

こちらは礼拝堂に入って左手上に設置されているのだが、演奏席は高いかこいで囲まれている。

どうやって礼拝の進行に合わせて演奏するのだろう? と思っていると、演奏席に上がって納得。

小さい穴が無造作にあけられていた。

ここは、昔のアルノ川の増水時に水につかった部分が壁にくっきり残っている。

そして、奇跡的にペルジーノが描いた「十字架に架かったキリスト」という絵が助かったと言う事で、見せても頂いた。はっきりとその絵のすぐ下に水が来たラインが残っていた。

そこを後にし、次はヴェッキオ橋を渡って教会に向かう。

つづく


コメント

イタリアオルガン事情no3 — 3件のコメント

  1. イタリアの雰囲気、いいなあ・・・楽しんで読ませていただいてます♪ なんだかオルガンの音が聞こえてきそう・・・
    教会のオルガン、コンサートでもミサでも何度か聴きましたが、天から威圧的に、言葉が悪いですけど暴力的に大音量が降ってきて、キリスト教の威力を感じた私でした。神様は絶対、という感じが音で演習されていますよね。音楽って凄い。
    私はキリスト教徒では全くないのですけど、ミサに参加するのが好きです。教会が、祭壇もオルガンもこの空間も何もかも教会として本来の目的で使用されている様子は、非常に興味深いですし、オルガンの天からの音色と司教の祈りの声(これは私にはメロディのようにしか聞こえない)を聞いていると、心が静かになります。

  2. 小さな教会にも、それぞれ風情がありますね。
    私の中でチェンバロは、映画「アマデウス」の中でモーツァルトが弾いていたイメージが強いので、俗的というよりも、もっと高貴な印象があります。
    やはりピアノと同じように、調律が必要な楽器なのですね。

  3. めぎさん
    とてもイタリア、ステキです。ドイツのオルガンはもっと大きなものが多かったですね。ハンブルグの聖ヤコビ教会には、非常に状態の良いオリジナル部分の多く残るオルガンがあって、それを見せていただいたときも感動しました。教会とオルガン・・・ちょっと陰謀を感じます・・・有難く感じずにおれない。私にとっては素晴らしい財産です!
    YAPさん
    小さな教会が点在しているイタリアでは、日本からお客様がたずねてくることは重要だそうです。存続も危ぶまれる中、興味持っています・・・という感じを残すと、その実績で補助が出ることもあるそうです。だから、私も何回も訪れたい。オルガンを聴いたあとはチェンバロの響きはやっぱり俗っぽいですよ~がっかりして、面白いほど。

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